「お笑い」の吉本興業を襲う、シリアス過ぎて「笑えない喜劇」!

2019年7月25日 16:58

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 「雨上がり決死隊」の宮迫浩之氏等が闇営業をしていた件で、事態が発覚してから1カ月を経過したが、吉本興業の岡本明彦社長による謝罪会見まで開催されながら、ますます混迷の度を深めている。

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 当初、宮迫氏等は金銭の受け取りを否定し、反社勢力であることも知らなかったと言っていたが、6月24日に吉本興業は宮迫氏等芸人11人を当面の間、謹慎とする処分を課した。但し、闇営業を主導したと思われるお笑いコンビ「カラテカ」の入江慎也氏は既にその時点で契約解消という処分を受けていた。

 11人が謹慎処分を受け、1名が契約解消となっなったこの事態で明らかになったことの1つは、吉本興業と対象となっている芸人との間には、契約書が存在しないということだ。雇用開始時は「なあなあ」のやり取りで始まり、評判が良ければ収入が増加し受けが悪ければ下積みのまま。増加する場合でも減少する場合でも、基準がないので会社側の胸三寸みたいなところがある。

 契約行為は書面がなければ無効となるわけでないため、口頭で行われる口約束も契約の一形態である。書面で契約するのが一般的な理由は、あとで”言った””言わない”の水掛け論に陥るリスクを避けようとする思いが大きい。それでも口約束が選択される場合、適切に運用される前提は、当事者双方の力関係に大きな差がない場合である。

 吉本興業は明石家さんま氏(さんま)とも契約書を交わしていないが、さんまは吉本興業の顔色をうかがう必要がない立場を確立しているため、不利益を被る恐れがないであろう。

 例えばある物品を売買する口約束をした場合、代金と物品は当事者の間では等価なものであると認識されているから成立する。市価1万円の物品を9000円で取引するとしても、当事者同士が納得していれば問題ない。1万円の物品を代金額を決めずに売ることだけ約束して、売買の時に100円で受け取ろうとすればトラブルになるのは自明のことだ。

 ところが一般の芸人は、吉本興業からの報酬はあなた任せである。仮に、舞台での出番が10分程度で、出待ちの待機時間等を含めた拘束時間が全体で5時間の場合を仮定して、出演料が1000円だったとしても芸人に対抗手段はない。文句を言うことは出来るが、次から声が掛からない可能性を考えると、見境なしに不満を口にすることはしない。

 会社から「10分で1000円ということは、時給に換算すると6000円になる」と言われても、芸人が「5時間で1000円だから、時給200円ではないか」と反論することはないだろう。

 契約書問題には、公正取引委員会の山田昭典事務総長が疑問を呈しており、独占禁止法違反などという、”お笑い”とは縁遠い法律の出番すら語られる事態だ。

 宮迫氏等の謝罪会見で「勝手に記者会見を開いたら、お前ら全員クビだ!」と言われて何も言えなくなったのは、こうした背景があるからだ。賞罰の基準を明示した契約書がないから、経営者が恣意的に処分を口にしても対抗できない。

 22日に開催された吉本興業の岡本明彦社長による会見で、上記発言の真意を問われたのに対して、「和ますため」だったと回答しているのは、本心だとすれば社長と芸人という関係に対する配慮が欠けた無神経な発言であるし、建前であれば記者会見という場での欺瞞行為である。

 こんな場合の社長には、幕引きを務められる見識と度量が求められる。今回の出来事がどんな形で収束するかは分からないが、社長が主役となって”火に油を注ぐ”役割を演じるのは、究極の「笑えない喜劇」と言うしかない。(記事:矢牧滋夫・記事一覧を見る

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